Research
私たちの研究室では、様々な物性を有する分子群の創製と、分子自己組織化の精密制御を可能にする方法論の開拓を通じ、有機・高分子・典型元素・錯体分子からなる物質、いわゆる「ソフトマテリアル」の革新的機能開拓を目指しています。光吸収・発光特性、電導性、磁性など、物性に富むパイ電子系分子群をモチーフに、立体構造、電子構造、適切な元素・官能基の導入などを戦略的に考え、機能創製に向け合目的的に分子をデザインします。合成した分子は、「自己組織化」や「ナノスケールの足場」などを利用して空間特異的に集積化し、巨視的にも分子配列が制御された物質を創製します。これらの物質では、個々の分子に起こるわずかな状態変化が巨視的レベルにまで増幅され、大きな機能を発現することが期待されます。さらに、複数の機能ユニットを効果的に集積化し、個々のユニットの性質の単なる足し合わせではなく、相乗的機能を発現させるための基礎学理を探求します。究極的には、生体に匹敵する高度な物質変換、エネルギー変換を実現する材料の開発を目指します。こうした取り組みを通じて、ナノスケール(分子レベル)からマクロスケールに至るまでの新物質開発と、それらが発現する新機能・新現象を探求します。下に、福島グループで進行中の主な研究内容を紹介します。
有機分子の二次元集合化を基盤とした高秩序有機薄膜工学
薄膜は実用上極めて重要な物質形態です。もし有機薄膜で構成分子の配向や配列を完全に制御できれば、分子が本来持つ性質を最大限引き出すことにつながり、有機電子デバイス、光学材料、さらにソフトアクチュエータのような動的応答性材料などの多様な高機能薄膜の開発が期待されます。しかし、現実には有機分子薄膜形成時にドメイン境界が生じてしまいます。当研究室では、3枚羽プロペラ状分子であるトリプチセンに対し面選択的に置換基を導入した「三脚型トリプチセン」が、歯車が噛み合うような特異な入れ子状二次元集合構造形成を通じ、固体表面上でドメイン境界のない極めて高秩序な有機分子薄膜を形成することを見出しています。この高秩序な三脚型トリプチセン有機薄膜は、金属基板、シリコンウエハ、ガラスのような無機基板上だけでなく、ポリイミド、パリレンなどの有機高分子基板上でも形成可能です。この利点を活かして、有機薄膜トランジスタの有機高分子絶縁膜上に三脚型トリプチセン薄膜形成による表面改質も実現でき、デバイスの大幅な性能向上も実現できます。
また、この三脚型トリプチセンの反対側の面に機能団を導入し、集積化できれば、様々な機能団の大面積集積化を実現する「超分子足場」としても利用可能です。現在、導電性や誘電応答性を持つ分子機能団の導入と集積化を行っており大面積二次元集合化に基づく機能を探求しています。
参考文献
• Science 2015, 348, 1122–1126 (DOI: 10.1126/science.aab1391).
(Abstract, Reprint, Full Text) => プレスリリース:高秩序な大面積分子集積膜の構築に成功• Appl. Phys. Express 2015, 8, 121101. (DOI:10.7567/APEX.8.121101).
=>Selected as "Spotlights Article", 第38回応用物理学会優秀論文賞対象論文
• J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 11727–11733 (DOI: 10.1021/jacs.6b05513).
• Nature Nanotech. 2017, in press (DOI: 10.1038/s41565-017-0018-6). など
ディスク状分子・お椀状分子からなる高秩序ソフトマター
上述のように、有機分子を大面積で高規則的に集積させることは現在の有機材料科学において主要な研究課題です。当研究室では、一般的なディスク状液晶分子であるトリフェニレンにカルボン酸を直結させた「トリフェニレンヘキサカルボニルエステル」誘導体が、様々な基板上で大面積垂直配向を実現することを見出しました。現在、様々なトリフェニレンヘキサカルボニルエステル誘導体を合成し、その大規模集積化挙動を検討しています。
また、トリフェニレンの湾曲アナログとして、メチレン架橋構造を有する「スマネン」が知られています。スマネンのような湾曲π共役分子は、一次元集合構造形成や、お椀反転挙動といった動的な特性も持っています。最近当研究室で、これまでに困難であった6置換スマネン誘導体合成法開発しました。長鎖チオアルコキシ基を導入したスマネン誘導体は幅広い温度範囲で高秩序なヘキサゴナルカラムナー液晶相を形成するほか、C60などの曲面構造をもつ電子受容性分子と相互作用することを見出しました。現在は、液晶状態におけるお椀反転挙動の調査や、その他の液晶性スマネン誘導体の開発を行っています。
参考文献
• Angew. Chem. Int. Ed. 2012, 51, 7990–7993 (DOI: 10.1002/anie.201203077).
• Angew. Chem. Int. Ed. 2012, 51, 8490–8494 (DOI:10.1002/anie.201203284).
=> Accepted as "VIP" paper in Angew. Chem. Int. Ed.
• Chem. Lett. 2017, 46, 1368–1371 (DOI: 10.1246/cl.170566).
• Chem. Sci. 2017, 8, 8405–8410 (DOI: 10.1039/C7SC03860G) "Open Access". など
超ルイス酸分子「ボリニウムイオン」の創製
私たちは、分子を形作る基本要素である「化学結合」においても新しい形態を追求し、前例のないユニークな化学種を開拓しています。例えば、独自の反応設計戦略により、ホウ素上に二つの芳香環のみが置換した2配位ホウ素カチオン「ボリニウムイオン」の合成に世界で初めて成功しました(論文)。通常、中性のホウ素化合物はホウ素原子から三本の結合が伸びており、ホウ素上に空のp軌道を有するルイス酸化合物です。これに対して、化学結合の手が二本しか伸びていないボリニウムイオンは、極めて高いルイス酸性、すなわち「超ルイス酸性」を示します。実際、このボリニウムイオンを用いれば、通常は不活性な二酸化炭素ガスのC=O二重結合さえも室温で切断できるという驚くべき反応性を見出しています。また、このボリニウムイオンはカーボンナノチューブやグラフェンなどのナノカーボンから電子を取り去るホールドーパントとしても機能します(論文)。ボリニウムイオンによりホールドープされたナノカーボン類は、大気中でもドープ状態が長期間安定に保たれるといった、高い環境安定性を示すことも見出しています。現在は、様々な基質に対するボリニウムイオンの反応性の検討や、新規ボリニウムイオンの開発を行っています。
参考文献
• Nature Chem. 2014, 6, 498–503 (DOI: 10.1038/nchem.1948).
=>プレスリリース:超ルイス酸性分子の開発に成功
• Chem. Commun. 2015, 51, 13342–13345 (DOI: 10.1039/C5CC05645D).
• Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 5312–5316 (DOI: 10.1002/anie.201701730).
• Appl. Phys. Express 2017, 10, 035101 (DOI: 10.7567/APEX.10.035101). など
「混ぜるだけで組み上がる」全く新しい湾曲巨大 π 電子系骨格構築反応
ホウ素化合物の合成検討の過程で、私たちは、ホウ素が連続的な炭素–炭素結合形成反応を媒介し、アルキン誘導体を芳香環化できることを偶然見出しました(論文)。この反応は ① 9-クロロ-9-ボラフルオレンとアセチレンによる1,2-カルボホウ素化反応と ② それにより生成したボレピン誘導体の酸化的脱ホウ素化/炭素–炭素結合形成反応の二段階から構成されます。この反応は官能基許容性と基質適用性に優れており、容易に入手可能なアルキン誘導体からワンポット反応でπ共役化合物を合成することができます。特に、複数のアルキン部位を有する前駆体を用いれば, 三次元的な分子骨格や湾曲・拡張π電子系をもつ誘導体など, 特徴あるπ共役化合物が簡便に合成可能です。この発見をきっかけに、9-クロロ-9-ボラフルオレンが有機合成用試薬として販売されました。現在、この反応を利用して様々な3次元的構造をもつπ電子系分子・高分子を合成し、その機能を探求しています。
参考文献
• Nature Commun. 2016, 7, 12704 (DOI: 10.1038/ncomms12704)."Open Access"
=> プレスリリース:混ぜるだけで簡単に有機エレクトロニクス材料を合成
Nature Communications の日本語サイト「おすすめコンテンツ」で紹介
=> ホウ素を介するアルキン挿入とC-Cカップリングの連続反応による拡張π共役分子の合成
• Mater. Chem. Front. 2018, 2, 807–814 (DOI: 10.1039/c7qm00621g).
• Chem. Eur. J. 2018, 24, 13223–13230 (DOI: 10.1002/chem.201801818).
• Chem. Commun. 2018, 54, 12314–12317 (DOI: 10.1039/C8CC06277C). など
ポリアクリル酸を基盤とした生体模倣カルシウムイオンセンサー
古くからセカンドメッセンジャーとしての機能が知られている細胞内のカルシウムイオン(Ca2+)イメージングのための蛍光カルシウム指示薬は多数あるものの、近年新たに情報伝達物質として注目されている細胞外のCaの動態をイメージングする手段はありませんでした。細胞外Ca2+イメージングのためには、細胞外Ca2+濃度であるmMオーダーの解離定数を有し、細胞外領域でも拡散しない仕組みが必要です。我々は、生体系の細胞外Ca2+センシングタンパク質(CaSR)の「連続するカルボン酸構造によるCaセンシング機構」をヒントに、カルボン酸を有する最も汎用的な高分子「ポリアクリル酸(PAA)」及びそのゲル(g-PAA)をベースとし、凝集誘起発光色素(テトラフェニルエテン: TPE)と組み合わせたカルシウムイオンセンサー(PAA-TPEx、g-PAA-TPEx)を開発しました。汎用的なビニルポリマーからなるこのシステムは、TPE含有量を変化させるだけでCa2+に対する感度を調整可能であり、シート状に成型加工して用いることができるなどの高分子ならではの特徴をもっています。現在は、高分子鎖ダイナミクスと蛍光性の相関の解明や、より高い時空間分解能を持つPAA-TPExの開発に取り組んでいます。
参考文献
• Sci. Rep. 2016, 6, 24275 (DOI: 10.1038/srep24275). "Open Access"
=> プレスリリース:紙おむつの材料から新しいカルシウムセンサーを開発
=> Chem Station: カルシウムイオン濃度をモニターできるゲル状センサー
• Macromolecules 2017, 50, 5940–5945 (DOI: 10.1021/acs.macromol.7b00883).
研究室体制と研究指導方針:
我々の研究室は、有機・高分子・超分子・典型元素化学・有機金属化学・分子集合体化学・錯体化学・物性物理といった、多様な研究バックグラウンドをもつスタッフ陣から構成されていることが特色です。学生は、個々のスタッフだけではなく、全てのスタッフからの指導を受けることができるため、様々な知識・技術を習得することができます。こうした活動を通じて、複数の研究分野に精通した「マルチリンガル」な人材を育成することが当研究室の大きな目的です。
学生のみなさんへのメッセージ:
物質科学が我々の社会に果たす役割は、基礎・応用を問わず益々大きくなっています。今後一層重大になる「環境・エネルギー問題」の解決への取り組みも、物質科学の発展なくしてはなしえません。学問を通じて広く社会に貢献しようという「高い志」や、一つところに留まらず常にフロンティアを突き進もうとする「チャレンジ精神」を持った学生の皆さんに、是非、我々の研究室に参加して欲しいと考えています。いつでも質問・見学を受け付けていますので、興味をもった学生の皆さん、是非我々の研究室を訪ねてみてください!